2005年 08月 20日 ( 1 )

思い出話

弐号水槽の犠牲者は前回の3匹のみで落ち着いたようです。
で、今回はネタが無いので思い出話など。
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私が熱帯魚の飼育を始めたのは、今から20年程前でした。
玄関の下駄箱の上に60センチ水槽を置き、熱帯魚屋で見かけたお気に入りの魚を次々投入したりしてかなり無茶な混泳をさせていました。

やがて社会人になると、毎月自由になるお金がケタ違いになったため水槽が爆殖していき、ついには13本の水槽を稼動させるように。
飼育した魚もあらゆる淡水魚、果ては海水魚にまで手を出したりしました。
途中、仕事で植物を扱っていた影響もあり、アクアテラリウムの製作をした事もあったっけなぁ・・。

同じ時期、水草レイアウト水槽というものが結構流行っていた流れで私も90センチ水槽でチャレンジしてみました。
私は最初、テトラの大型拡散筒に純正ボンベというCo2システムを使っていました。
しかし数ヶ月後、ADAの高圧ボンベが行きつけの店に入荷したのでそちらに変更。
照明も今のようにメタハラなどという物が無く、20W×4灯というショボい物でしたが、幸い水槽内に間接光が射す環境だったため光量不足に悩まされる事はありませんでした。
底砂はもちろん南国砂で、一掴みしては貝殻を取り除くという地道な作業をしてから使っていたものです。
私が今もソイルを使わない(というより嫌いな)一因は、当時のような貧弱な環境でも水草水槽は維持できたよ、という経験があるからでしょう。

この水槽では、ダイヤモンドエンゼルとピルリーナが産卵しました。
ブラックファントムやラミーノーズも、ショップにいた時とは別の魚のように美しく成長して・・。
ああ、こんな事書いてたらまた90センチ水槽が欲しくなってきたっ!
と、結構長くなったので本日の戯言終了。
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by cory-g | 2005-08-20 23:11 | 熱帯魚